IBDのサービスと商品は、どうやって生まれたか
社長 石上 進
国際ビジネス・コンサルタントになるための道へ
大学卒業と同時に入った国際商事仲裁協会(現在の日本商事仲裁協会=The Japan Commercial Arbitration Association=JCAA)で、外国企業から日本政府に申し立てられた、海外取引から発生した日本企業に対するクレーム(正しくは、complaints=苦情ですが、ここでは日本語のクレームを使います。)処理を、いきなり担当させられることになりました。新案件が月間約40件、1件の解決に平均6ヶ月位かかりましたので、常時約240件のクレームを抱えることになります。それらは私一人で処理したわけではありませんが、大変な作業でした。一方では、日本企業からの国際取引から発生した、またはしそうな問題の相談が、やはり、月間40件位ありました。これは、当時のJCAAのトップが、財政事情から会員増加を狙って、「国際取引契約相談所」の看板を掲げたため、それも担当するようにと命令されたからです。貿易英語も法律英語も殆どできないうえ、国際取引実務もわからず、法律や契約の知識もなく、ましてや外国法の知識なんて全くありませんでした。このような状況下で、兎に角相談にお見えになる方と一緒に謎解きをするようなことから始まりました。もちろん、上司の指導を受けましたが、子細なことまで訊くわけに行きません。しかし、子細なことこそが問題であり、何時も頭の中がぐるぐる回っていました。
私は、将来、国際ビジネスのコンサルタントのような専門家になりたいと考えていましたので、そのための幅広い勉強ができるところとしてJCAAを選んで就職しました。そこで、何が解らない、かにが解らないという泣き言なんかいうわけにはゆきません。唯々、こつこつと勉強するだけでした。幸いなことに、JCAAには多くの優秀な方々が関係していました。JCAAの上司はもとより、大手メーカー、商社の方々から、様々なビジネス実務について厚かましくお尋ねしては教えていただきました。また、中村合同特許法律事務所の雨宮弁護士とはしょっちゅう昼食を一緒にして、内外の法律知識を授かりました。その他、湯浅・原法律事務所の相原弁護士から訴訟法を、神戸大学法学部長の早川教授に英米法を、早稲田大学の朝岡教授に貿易実務を、長期信用銀行幹部の荒井様に貿易決済を、その他多士済々の専門家から様々のことを親しく学ばせて頂き、専門知識を得るように努力しました。インターネットがない時代ですから、図書館にも随分通いました。また、米国、英国の契約書式や文献も購入しました。3年位の経験を積んで、やっとクレーム処理の要領が解ってきました。その頃、部下もできましたので、教える立場にもなりました。しかし、国際ビジネスに関する勉強領域と内容は無限で、暗中模索状態はその後も続きました。
JCAAは、幾つかの国際ビジネスに関する研究会や勉強会を主宰していました。貿易問題研究会、技術提携研究会、合弁事業研究会、プラント取引研究会等です。参加者は大企業の法務部や国際業務の関係者でした。主催者ですから、私もJCAAに入ると同時に、それにも欠かさず参加しました。最初の頃は、何もかもがちんぷんかんぷんで、発言もろくにできませんでした。間が悪いので、私はヤカンを持って、ひっきりなしに皆様にお茶をついで回っていました。初年度の夏に早くも研究発表をさせられましたが、質問攻めにあって大弱りした経験もあります。しかし、10年後位には、研究会の座長的立場にいる自分がいました。そのメンバーの中から、企業重役、東大教授、九州大学教授、弁護士等が輩出しています。私も、某国立大学から教授にとのお声も戴きました。また、企業からのスカウトも受けました。その中には、プラント取引研究会の関係で、そのまとめ方を気に入ってくれた大手プラントメーカー会社から、50人位で同社の子会社として海外エンジニアリング会社を設立するので、その社長への就任を要請されたこともあります。しかし、それらを悉く謝辞しました。
クレーム処理は、「あっせん」ということで、在職中、続けていました。その間、仲裁裁判書記も何件かやりました。仲裁人になられる方々は、最高裁の判事経験者や大物弁護士や経済界の立派な方々でしたので、会話させて頂くだけで、大変に勉強となりました。
クレーム処理のためには幅広い知識や見識が必要であった
クレーム処理に当たっては、外国企業と日本企業との間で、どのような契約書が存在し、その中に、争点に関する部分がどのように規定されているのかが最大の問題でした。しかし、国際商取引であるのに、契約書が存在しないままの取引が多くありました。また、契約書があっても、不完全で、争点に関係する部分の規定が欠落しているものも多数ありました。そうなると、先ず、当事者は如何なるビジネス・モデルを考え、どのように実務を推進してきたのかを理解する必要があり、それらをグローバル・スタンダードと比較してみたり、法律と国際商取引慣習を当てはめてみたりしました。法律と言っても日本法と外国法があり、それに国際条約も絡んで難しく、日本企業と外国企業との法的主張にも大きな食い違いが生じていました。特に双方に弁護士が付くと、お互いに主張を譲らず、かえって問題が複雑になることもありました。インコタームズや信用状統一規則のような国際商取引慣習への認識や解釈も、日本企業と外国企業、銀行や運送業者等の立場からの主張がバラバラで、なかなか収まりが付きませんでした。輸出入取引に関するものが50%位ありましたが、知財取引、合弁事業、プラント取引、その他諸々の取引形態からもクレームや問題が生じていました。その頃、法律論だけでは物事が解決できないと考えるようになり、国を跨いで通用している宗教、特に仏教の教義について、現代仏教から原始仏教にまで遡って勉強してみました。釈尊の教えは、問題を起こしている当事者を説得するのに大きな効果がありました。
双方の対立が話し合いで解決できないと、契約書に仲裁条項がある場合には仲裁事件へ、契約書がないか、契約書に仲裁条項がない場合には裁判ということになります。しかし、少額の紛争を仲裁や裁判に持ち込むと、当事者双方とも、費用的に割が合いません。結局どちらかが泣き寝入りということになります。仲裁や裁判となっても、5年以上の期間がかかり、その間莫大な費用(主に弁護士費用)もかかりますので、デメリットの方が大きくなることが屡(しばしば)でした
国際ビジネスでは良い契約書が不可欠と認識した
結局、契約書の不存在や不完全な契約書では、何か問題になると、当事者双方に大きな損害が発生してしまうことを強く認識しました。JCAAの設立目的は、商工会議所法に基づいて、日本国の貿易、国際取引促進のためにトラブルを未然防止することにありましたし、トラブルが発生しても敏速にこれを解決するという使命がありました。しかし、契約書がなかったり、不完全だったりでは、話し合いでの解決が難しく仲裁や裁判といえども、その結果に予断が許されません。
一方、方々からの依頼もあって、雑誌に原稿を寄稿したり、日本経済新聞社、大手銀行、公的機関等の主催で講演したりする機会も多くなりました。現三菱東京UFJ銀行のための国際ビジネスハンドブック作成(全5冊)、日本貿易振興機構(JETRO)から出版された国際取引戦略、海外投資100問100答、日本ブリタニカのBusiness English Master等も執筆しました。また、官庁や公的機関から、専門委員に招聘されることも多々ありました。その中でも、JETROでの貿易アドバイザー制度の創設委員、そのためのテキスト作りや試験委員、中央能力開発協会のビジネスキャリア制度の創設委員(国際担当)、そのためのテキスト作りや試験委員も仰せつかりました。こうした中で、功労者としての賞も幾つか頂きました。これらは、後段で述べるIBD設立後も継続しました。
私がJCAAに入って15年経ちました。まだ若造でしたが、「会員サービス部長」を仰せつかっていました。その間、10,000件位のトラブルや相談案件に関与し、膨大な英文契約書(約3,000件)を収集していました。クレーム処理や相談に関係した契約書は悪い見本ですから参考とはならず、収集した契約書の大半は、主に研究会のメンバーや内外の弁護士から参考のために提供を受けたものでした。そこで私は、当時の通商産業省(現経済産業省)に掛け合い、国際取引から発生するトラブルの未然防止のため、JCAAで国際契約書式集を作って、主に日本経済の基盤を構成し、国際化が必要な中小企業を中心に頒布したいので、3億円程度の予算を付けてほしいと申し出ました。このためには、収集した契約書の原本をそのまま使えませんので、また、国際ビジネス・モデルや実務を踏まえて、原本を参考にした日本企業用の契約書の作り直し、契約条項の整理、用語の統一と訂正、翻訳、コメントの作成等、膨大な作業量が必要でした。しかもこれに参加頂く方々は、外国弁護士も含めて国際ビジネスや契約書に造詣の深い方々でなければなりません。そこで、その程度の費用が必要と見積もったものです。しかし、通産省からは、「そんなものは民間の問題だから、政府は関与できない。」と一蹴されました。
国際ビジネス・モデルの整理と契約書式の制作へ突入した
そこで私は、コンサルティング会社としての国際事業開発株式会社(IBD)を設立し、自己資金で、国際契約書式集を作ることにしました。ただ、国際契約書と言っても、その前提として、トラブル防止のためにも国際ビジネス・モデルをしっかりと樹立しておく必要があり、国際ビジネスの実態・実務を整理し、カテゴリー区分を先行させる必要がありました。その結果、大きく一般貿易、知財の取引、資本取引、プラント・設備取引、そしてこれらのカテゴリーに入らないビジネスに分け、更に各カテゴリー中のバラエティを整理しました。これらにおいては、私のクレーム処理の経験から、トラブルを未然防止する契約条項を充実した契約書の雛形を作成することにしました。その間、国際契約書のデータをできるだけ多く集めました。やはり、仲の良い内外の弁護士や企業の方々が収集に協力してくれました。一方では、事業収入を得るために、コンサルティング事業を始めとしていろいろな事業を推進してゆく必要もありました。
IBD設立以来、「英和対訳 国際取引契約書式集」の刊行準備に着手しました。資金は個人的に1億円を準備しました。これで計画している全部の書式集を製作できませんので、第1巻から販売して、その販売収入で、次巻以降を製作することにしました。なおかつ万全を期して、予約販売をスタートさせました。第1巻の予約販売に対する第1号の注文は、NTT様からでしたが、その感激は今でも忘れることができません。そして次々に大手企業や法律事務所から注文が舞い込んできました。また、JETROは、日本国中の全事務所用のために購入し、配備してくれました。実は、私が壮大な計画で書式集を製作すると言ったところ、「そんなものは売れる筈はなく、採算が取れないので会社の倒産は必定だ。」と言って退職した者もいたぐらいです。また、ある渉外弁護士からは、「リスクも大きいし、そんな貴重なデータを公開しない方がよい。」と助言を受けました。これに対して私は、釈尊の言葉「人間が死んだとき残るものは集めたものではなく、与えたものである。」と応えました。正直、ワイフには申し訳ないが、自己破産しても構わないと覚悟していました。書式集の製作には社員数名と、外部からの応援団約20名が参加しましたが、予想よりも厳しく、全第5巻(約A4版、12分冊、約8,000頁)までを完成するのに、8年間かかりました。しかし、約17億円を売り上げました。この収入は、これに続くデータ収集・整理、翻訳(主に日本語訳、中国語訳)、ソフト開発等に注ぎ込みました。
契約書をパソコンで作成する時代に対応した商品の開発へ
その当時から私の視野には、コンピュータ時代の到来を感じていましたので、データの使い勝手の良さから、当時流行った「パソコン通信」によってデータを供給するという会員サービスにも着手しました。また、パソコンによる契約書作成のソフトも作成して発売しました。しかし、当時のパソコン通信には大きな通信費が掛かり、事業としてあまり効果がありませんでした。また「質問に答えると、その回答を満たす契約書が、英語と日本語でパソコンから出てくる。」というソフトも開発しましたが、ユーザが契約書の作成過程で好きなように手が加えられないという理由と、当時、多くの日本人がまだパソコンの利用に慣れていない、その他の理由で、期待したほど使って頂けませんでした。これらは私の大失敗でした。
1990年代になって、インターネットが普及し始めましたので、1995年にそれまでのパソコン通信に変えて「ホームページ」を立ち上げ、その中に、英和対訳の契約書式集と国際ビジネスの推進に参考となる知識集のデータベースを入れ、会員サービスを行うことにしました。更に、ユーザが英文(中文)と和文を視覚的に対比させながら契約書を効率的に作成できる、パソコンソフトを開発しました。
これが、CDの「DRAFTSMAN」の誕生です。これらには、私が長年携わって苦労して得た契約書作成の効率的手法が組み込まれています。「英和対訳 国際取引契約書式集」の改訂版というご希望も多数ありましたが、印刷物には莫大な経費が掛かることから、一部を増刷するに止めました。その代りに、時代に合わせて、最新のデータの収集を欠かさないで積み上げ、デジタル方式のデータやソフトを更新し続けました。カテゴリー区分も改訂して、今日に至っております。
社員一同、今後も引き続き精進に努めます
IBDの創立以来、30年が過ぎ、その間、様々なコンサルティングをさせて頂いております。中には新聞発表等が行われた大きな案件も幾つかございます。然しながら、秘密保護の観点から、それらについてご説明できません。いずれにしましても、コンサルティングにおきましては、第一番にトラブル防止を心掛け、できれば、依頼者がより多くの利益を上げて頂くビジネス・モデルの策定に協力させて頂いております。発生したクレームや紛争の解決につきましては、一切関与しないことにしています。幸いなことに、今まで関与してきた国際ビジネス案件の97%は成功しています。また、社員の能力向上に力を入れ、各社員(常在社員と契約社員)に精進を勧め、私の理念と経験してきたノウハウを引き継がせ、その上に更に磨きをかけさせています。
IBDの諸サービスと商品は、上記のような経緯と基盤に立脚しております。私は、大企業や法律事務所はともかく、現在、止むを得ず国際化の波に翻弄されかねない多数の中小企業様によるご利用を期待しております。そのため、現在では会費や商品価格を非常に低くして提供している積りです。今後も引き続きIBDをご利用頂く皆様がご満足頂けるよう、なお一層の努力を致す所存でございます。何卒、一層のご愛顧とご鞭撻をお願い申し上げます。