1.トランプ流の高関税ディール
1)米国の新国際経済政策。
トランプ米国大統領が、多数の国に対して、米国関税の引き上げを言い出した。これは米国の一方的な主張であって、対象国はこれに従う義務はないが、無視もできない。この関税引き上げには米国内でも異論がある。先ず、米国大統領にそれだけの権限が与えられているのかという疑問である。
国防に関わるものは大統領が決定する権限があることは、米国法上認められている。然しながら、大統領の決定の誤りを正すための法律も存在し、特に米国議会と裁判所が機能することができるようになっている。ただ、今のところ、米国議会と裁判所は、トランプ大統領の掲げる関税に関してそのような機能を発揮していない。そのため、トランプ大統領が国防を名目にやりたい放題との印象がある。然しながら、米国の関税率の引上げが、大統領の目標とする、米国の強大化回帰、米国の尊厳の維持、世界経済への好影響に向かうかは、殆どの学識経験者によって疑問視されている。それどころか、米国の経済力を損なうものであるとの見方が多い。
最近、TACOという言葉がヨーロッパ諸国で囁かれているようである。これは、Financial Timesのコラムニスト、ロバート・アームストロング氏によって2025年5月に言い出され概念で、Trump Always Chickens Out(日本語にすると、「トランプは何時もビビっている」)の略語のようであるが、トランプ米国大統領のこうした関税のやり方も、最初に強烈な印象を与え、相手を脅かしてから、自らは怯んで引くというディール作戦と見るのである。世界中の識者たちは、「またか!」と読んでいるというのがこの言葉であるとも言える。つまり、この度、トランプ米国大統領が関税率の引上げを言って見せて脅かし、米国の立場を強くするための道具として、関税を使っているのである。かかるトランプ大統領の交渉戦略に引っかかってしまう外国政府もあるが、我が国の政府と経済界はどうであろうか。TACOを、Trump Almost Challenges Others(日本語で言うと、「トランプは大体他者と争っている」)の略語ぐらいに見るのが良かろう。
我が国では昔からTAKO AGE(凧揚げ:kite flying)が主に子供の間で競われ、特に正月には名物となっている地方も多い。紙と竹で作ったタコを風に乗せ、できるだけ高く、長く空を泳がせるのであるが、失敗する例も多い。上手く上がらなかったり、強風で墜落したり、糸が切れてしまったりで、それらもまた面白いが、長い時間の遊びというよりも、一刹那のタコが高く上がるさまが特に面白いのである。これとトランプ米国大統領のディールには共通点がある。勢いよくタコが揚がって人々の関心を集める点は日本のTAKOと同様に奇妙とはいえ面白いが、長続きしない政策だとすれば、共通かもしれないからである。
トランプ米国大統領は、米国の景気浮揚を目的として、米国内の大幅減税を意図し、その代替としてわが国をはじめとする世界中の国からの米国輸入品について、高率の関税(10~50%)を課して、米国の税収面を補填すると表明した。このターゲットとなった国とその関税対象商品の製造販売業者は、その対策に苦慮しているようである。米国大統領のかかる方針は、米国内における減税額4兆5千億ドル(約650兆円)の補充、不法入国者対策、米国企業の活性化対策等からの判断のようであるが、これは、無謀な貿易政策と考える向きがあるのである。かかる米国の貿易政策が、関係各国の経済に悪影響を及ぼし、結局は、米国自身の首をも絞めるのではないかと危惧されている。また、これは長期の貿易政策としては通用しないものと考えられるのである。
2)トランプ関税論は、国際経済論とはかけ離れている。
国際経済論や貿易政策論では、古くから、アダム・スミス、デヴィッド・リカード、フリードリッヒ・リスト、ヨーゼフ・シュンペーター、ジョン・メイヤー・ケインズ、ミルトン・フリードマン、エリ・ヘクシャー、ベルティル・オリーン、ポール・サミュエルソン等々の大学者がいて、自由主義から管理主義迄の様々な理論展開をしているが、米国大統領の関税政策は、これら全ての科学的理論を無視しているか超越しているかのように見える。ただ、米国大統領の周囲にも博学の方々がいると思うので、何時か修正が行われるのではないかとも言われているのである。
米国大統領の表明に対しては、各国の反応はまちまちである。最初に反応して、米国と妥協したのは英国である。これは、出来レースの感がある。強硬に反駁したのは中国で、中国からのレアアース(希土類)の輸出を停止するとして、また、米国からの大豆の輸入を停止するとして米国大統領を慌てさせた。その結果、中国がレアアースの輸出を継続すること、米国からの大豆の輸入を停止しないこと、米国が高率関税の適用を当分先送りすることにしたが、この合意の有効期間は1年程度で、その後どうするかの決定は難しそうだ。その他の国々の多くも、米国に反駁しているが、水面下での交渉が行われているようだ。我が国の場合、赤沢経済産業大臣が、既に数回米国に足を運んで、米国の関係政治家と協議を重ねてきたが、未だ我が国にとって良い結果が得られていない。我が国は、特に我が国の自動車産業を直撃するということで、それに関する交渉に力を入れているらしい。また、トランプ米国大統領のご機嫌を取って、対米投資を60兆円以上行うとして、現在、その実行手続きをどうするか日米間で協議継続中であるらしい。
我が国の経済界は、困ったものだとしながら、様子見をしている。経済学者や評論家は、米国大統領の関税政策を批判する者が多いが、具体的な対応策が見出せないでいる。それらの理論は、木を見て森を見ずか、森を見て木を見ずで、的外れなものが多い。要するに彼らは、米国大統領の関税政策に真正面から取り組んでしまっているが、対抗策を打ち出せないのである。マスコミの出演者は、政治家の言うような我が国の国策について提言をしているが、米国大統領の方針には、効果的な対策が見出せていないでいる。ただ、国論とはそんなもので、言いパナッシの無責任発言のオンパレードである。そもそも、そのような国論もどきの発言者の殆どは、現実の国際事業、取引、契約についての知識や経験が極めて少ないからとも言えよう。勿論、我が国の企業内には博識者がいて、その属する企業のための知恵を絞っている方々が多くいる筈である。
米国大統領は、全て関税政策でアメリカ経済即ち国力を強化できると考えているようであるが、それは誤算であろう。米国の高関税率政策は、一時的には米国への輸出(米国企業から見ると米国への輸入)を怯ませるが、それば米国産業の活性化と結びつくものとは言えない。また、米国の輸入業者にとって、輸入代金が増加するので、輸入量を削減するか、輸入ビジネスを諦めることになるが、それでは米国経済が委縮してしまう。そこで、トランプ大統領は、高関税で脅かして、米国への投資を呼び込み、米国での製造業の活性化を図ればよいと単純に考えているようだ。然しながら、トランプ米国大統領のこの政策にも無理がある。また、米国の軍事力での他国の防衛を取引材料としているが、この政策は、却って、米国の同盟国が自国の軍事力を強化する方向に向かうか、米国の敵対国との協力関係に向かうこともあるため、米国の覇権が著しく下がる可能性も孕んでいるのである。
2.世界中で一般化している国際貿易条件基準
●トランプ関税への対処のための基礎知識の一部。
国際的関税協定に関しては、1948年1月のGATT(ガット:General Agreement on Tariffs and Trade の略)があり、その延長線上に、WTO(世界貿易機関:World Trade Organization)がある。これは、第二次世界大戦前の資本主義諸国がブロック経済を形成して、互いに高関税政策をとったことにより、世界経済を停滞させ、軍事力による抗争対立が発生してしまった反省の結果である。即ち、第二次世界大戦後は、「自由・無差別」な世界貿易体制をつくり各国の経済を成長させて雇用を安定させることが必要であると考えて、GATTから進化したWTOが結成された。これを主導したのは米国と英国である。これの主たる目的は、世界各国の関税の一括引き下げである。ところが、今やその米国が、高率関税を道具として持ち出し、敵対国のみならず同盟国にまで圧力をかけているのである。
米国の高率関税政策は、単純化して考えると、米国の税収を大きくするということと、各国の米国輸出を抑制するという2目的がある。確かに、これに対して、各国政府の多くは右往左往である。国によっては、対抗措置として米国からの輸入品に、高額関税をかけるか、米国がかけてくる税率と同率の関税をかける姿勢を取っている。我が国の個別企業は、様子を見ているが、これでは日米企業間のビジネスが止まってしまう。そこで、個別企業は、何はともあれ、米国とのビジネス展開を如何にするかを考えてみる必要がある。単刀直入に言えば、個別企業としては契約書で対応条項を作成しておけば、ある程度のリスクヘッジが図れるのである。
現存の経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)とは、2以上の国(又は地域)の間で、自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)の要素(物品及びサービス貿易の自由化)に加え、貿易以外の分野、例えば知的財産の保護や投資、政府調達、二国間協力等を含めて締結される包括的な協定である。然しながら、この度の米国大統領の関税一括引き上げは、これらの歴史をご破算にし、歴史に反するものと言えるのである。確かに、WTOへの拠出金は、米国が第1位であるので、米国としては、他国がつべこべ言えばこの拠出金を止めるか減額するとも言っているが、これは、米国への信用を失墜させ、返って、各国が米国の敵対国への接近をもたらす恐れがある。。
●際貿易条件基準(International Commercial Terms: Incoterms:インコタームズ)
さて、世界の現実的貿易の実態に目を向けてみよう。世界の貿易取引は、国際商業会議所(International Chamber of Commerce:ICC)がまとめた国際貿易条件基準(International Commercial Terms: Incoterms:インコタームズ)を採用して行われている。最新(2020年)のインコタームズは、次の11の条件がある。
⓵EXW=Ex Works(工場渡)、
②FCA=Free Carrier(運送人渡)
③CPT=Carriage Paid To(輸送費込)
④CIP=Carriage And Insurance Paid To(輸送費保険料込)
⑤DAP=Delivered At Place(仕向地持込渡)
⑥DPU=Delivered at Place Unloaded(荷卸込持込渡)
⑦DDP=Delivered Duty Paid(関税込持込渡)
⑧FAS=Free Alongside Ship(船側渡)
⑨FOB=Free On Board(本船渡)
⑩CFR=Cost and Freight(運賃込)
⑪CIF=Cost, Insurance and Freight(運賃保険料込)
輸出者が関税を負担するのは、上記の中で⑦のDDPのみであって、その他の貿易条件では、原則として輸入者が関税負担することになっている。即ち米国向け輸出でも、インコタームズを利用する限り、米国の輸入企業が関税を支払う義務があるのであって、輸出者は関税支払い義務はない。但し、米国関税の高率化では、物品を輸入する米国企業こそが、高率関税を負担しなければならないのである。国際取引契約は、通常、長期の契約となっており、例えば、10年間契約の場合で3年目から米国の高率関税が適用されることになっても、契約当事者間で、「価格条項」や「支払い条項」について、両当事者が特別な合意(契約改定)をしない限り、一方的に輸入者である米国企業が、契約解除を行うことはできないのである。即ち、関税率の引上げは、米国の輸入企業にとって、契約解除の理由にならず、一方的な契約解除は、米国の輸入企業の契約違反となる。
●米国の州際通商の取引条件[米国統一商事法典(Uniform Commercial Code:UCC)]
元々、米国の大統領や政治家及び多くの企業は、世界のリーダーと認識し、上記のインコタームズを無視して、米国内で行われている州際通商(interstate commerce)の取引条件が、国際的に通用すると考えている。即ち、かなりの米国の政治家や企業は、米国の州間の取引条件が世界的に通用すると思っている。米国は、州法中心の国であって、州と州との取引を国際貿易の如く扱っている。米国の商取引法の分野では、連邦法のような全州に共通のものがなく、各州の州法が幅を利かせ、しかも判例法の国であるので、各州の州法が他の州の州法とは別に存在し、州法間で矛盾することになっていたのである。そこで、アメリカ法律協会(American Law Institute)が各統一法の統合作業に着手し、1951年に米国統一商事法典(Uniform Commercial Code:UCC)を作り上げ、各州がこれを採択することを勧めたが、そこで制定された取引条件は、ICCのインコタームズとは別個の内容となっている。ただ、現在でも、米国政治家や企業には正しい認識を持たないものが多い。(つづく)
◆IBD情報のご利用メリット
IBDのウェブには、「取引戦略・実務データベース:Aデータベース(約5,000項目の国際取引と契約に関する解説文)」並びに「国際契約書データベース:Bデータベース(500種類の契約書式と約10,000の契約条項例;日本語、英語および中国語)」があり、会員様用に上記に関する基本的データを含んだ参考資料を搭載してご利用頂いている。これらを参考とすれば、この度のトランプ関税への対処策が見えてくる。
特に、日本企業にとって、国際ビジネスを輸出入ビジネス(売買)のみで推進することは、トランプ関税のような問題で、リスクヘッジか難しいので、他の取引形態を考えておかねばならない。即ち、海外投資ビジネス、知的財産活用ビジネス、国際分業ビジネス等々を推進できるようにし、状況に適った高生産性ビジネスを目指す必要がある。かかるビジネスは、一朝一夕で推進できないので、日常から専門英語、国際法、国際慣習法、商学、国際経済学、その他の必要知識を習得しておかねばならない。そのためにも、IBDのデータベースが、国際事業を推進する皆様に参考となると確信する。

